老親との会話に疲れる娘。話し終わったと思う話を何度も聞かされることにうんざりする

介護
Hans / Pixabay

老親とゴールデンウィークを過ごしてきた。正直なところ疲れた。会話が続かない。話についていけない。母との会話を避けるために掃除に逃げてしまう。

同じ話の繰り返し

ゴールデンウィーク中を一緒に過ごしてみると、同じ話を夜に、昼に、もう終わったかと思うと、次の朝再び、三回目ともなると返す言葉も見つからず、こちらが黙るしかない。その繰り返しに疲れてきた。同居している方々はどうやり過ごすのだろう

犯人捜しをしたがる会話も面倒だ

母屋の敷物が傷んでいて、取り替えるかどうか兄弟と相談した、結局畳も傷んでいるので丈夫な敷物があったほうがいいという結論になった。そんな話をした翌日。

仏壇にご飯をお供えに行った夜、母が大騒ぎ

「仏壇にご飯を供えに行ったら、母屋の敷物の一部が飛び出し足に引っ掛かりそうになった」「誰がやったのだ」と言いだして止まらない。

「あんたたちがやったのか」「誰がやったのだ。兄弟か姪」かと話の内容は誰がという犯人を捜す言葉で攻め立てくる。たまたまその日は誰も母屋に立ち入っておらず、掃除もしていない。

話を聞いて、怒りをおさえきれず、「今さら犯人探しではなくて、危ないから直しておいてで済む話ではないのか?」と思わず母を諭す。「今は夜で明日の朝修理しておくから」と伝えたのだった。

母の剣幕に父がやってきた。母の話しと私の話しを黙って聞いていた。娘に押さえつけられて母も少し落ち着いたようで(納得していないようだが、、、)黙ったから夕食を食べ始めた。

夕食を済ませたら、母屋に電気がついている。父が修理のためのガムテープを貼っていた。

次回の検討事項にしよう

母屋の敷物は以前から横糸が切れ、縦の糸が緩み飛び出す。そこをガムテープで抑えてきた。こうした問題があり、取り換えるかと話をしても「これは高かったのだ」と承認しないのは、母なのだ。今の状態では誰が歩くことで、もしくは何かのはずみに横糸が切れて縦糸になっている竹が飛び出す。やはり変えるべきか。それとも向きを変えてみるか次回の検討事項にしておこう。

母との会話を避けて、掃除に逃げる娘

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