2022年米国の旅10  ついにTABASCOに到着

先達ブログ

ももじろうです。

いつもジルがお世話になっております。世帯主で主夫のパートナーです。

 

「老後を豊かにシリーズ」2022年米国の旅10  ついにTABASCOに到着

2022年5月14日

 

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ニューオリンズ空港、レンタカー借りるのに30分

 

ルイジアナ州Avery (very の頭にAがついたと覚える) Island

アヴェリー島(実際には島ではなく、岩塩により周囲の湿地から

隔離された高台。海抜約50m)に行きました。

ニューオリンズ空港からレンタカー借りて約2時間のドライブです。

レンタカー各社が入るビルが空港ターミナルから遠く離れているので

そこに行き、手続きして借りるのに30分以上かかりましたが・・。

 

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入り口のおじさんは、竿先に入場パスつけて渡した

 

“島”全体がTABASCO作るマキルヘニー家の私有地のため

入り口で、のんびりしたおじさんに『TABASCOに行くの?』と

聞かれ「Yes」と応えると、Avery Island 入場パスを (今どきのコロナ

対策上、竿の先に挟んで)くれて、ゲートのバーを上げてくれます。

ゲートの手前から公共舗装道路でなく私有地の地道になります。

パスの順路と案内標識に従い中に

予約してあったのでそれを示して、TABASCO Visitor’s Center と

沼地のジャングル・ガーデン入場券(胸に張る)を受け取った。

入場料 12.5ドル/大人に税金(消費税?)がかかるのは分かるけど

サービス料がかかるのは意味不明でした。けど、しょうがない。

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チビのTABASCO×3本セットお土産が貰えました

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そしてTABSCO博物館へ入場

歴代の包装パッケージ変遷

 

世界180か国での使われ方、日本でピザやスパゲッティにと言う

説明が最初に登場するのが何とも面はゆい思い。

アメリカではブラディーマリー以外ほとんど使われることが無いのが

実情。皆TABASCOは知っているが、家庭で使うことはまずない。

この人が1869年にTABASCOを作ったエドモンド・マルキヘニー

1903年の唐辛子手摘労働者、黒人の子供が多い。白人の子供も幾人か

奇しくもこの年はアメリカがナポレオンからルイジアナを買い取った

1803年の100年後。

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博物館のあとは、工場・倉庫等見学

 

クマ出没注意の看板、エサを与えない!近づかない!直ぐ逃げろ!

3年熟成中塩蓋封印樽、中古バーボンウイスキー樽の鉄締金を

ステンレス材に変更して鉄なら錆て崩壊するのを防いでいる。

熟成後のビネガー混ぜ行程、今はモーター、昔は手掻き混ぜ。

本日の瓶詰め実績数表示、電光掲示。残念ながら日曜で生産無し。

一応6桁あるので、99万9999本まで表示可能。

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レストラン

 

TABASCO完成の1869年より前からレストランはあったのかと

思いました?日本なら、明治のご維新“宮さん宮さん”の年。

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他のAvery島の見どころ

 

岩塩採掘の解説、今も掘っていると言うのが凄い。

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ジャングル・ガーデン

 

TABASCO工場に併設する、ジャングル・ガーデンの沼沼にいる

本物の野生のワニ。カメもいました。

沼地ツアーの前で、まだ慣れてなく及び腰で撮影しました。

立入禁止。Edward が1898年にジャングル・ガーデンのど真ん中に

建てた“Mayward Hill” メイワード・ヒルと言い、お金持ちの大邸宅に

名前を付ける呼び方だと思います。(ダウントン・アビーみたいな)

1924年火災焼失後再建。

工場まで歩いて5~6分程度、夜はワニが辺りをうろうろしていたハズ。

思えば遠くに来たもんだ!これで、2017年来の思いが完結。

 

アメリカ・メモリアル旅行11に続く