高齢老親の家を片づけるその覚悟について

介護
Serdar_A / Pixabay

実家の整理整頓、掃除に励んだ日々。実家と言えど、手を付けなかった場所がある。

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老親の家を片付ける覚悟について

母は台所を綺麗にしていて食卓に物を置きっぱなしにしない。など自分で決めたルールがある。ルールがあることを知っているから、そこは手を出さないと決めていた。だから台所に物が多くても知らん顔していた。

リフォームが終わった後、母も刺激されたのだろう自分の領域である台所の整理整頓を実行したらしい。自分でキッチンツールを使う物と使わない物に分け使わない物を納戸に入れた。しばらくして使いたい道具がないと大騒ぎした。父もずいぶん責めたらしい。「もう片付けるなよ」と言ってきた。私には父が何を言っているのかさっぱりわからなかったが、二人の間で何かが起こったのだろうと思っていた。

台所は手を付けていないのにと周囲を見渡してみるとキッチンツールを入れた籠が1/3になっていた。なるほど母が整理したのだ。そして納戸にしまいこんだことを忘れて大騒ぎした。その時に思いついたのは、捨てられたということだけだったという話だ。

自分で片づけた事を忘れていた

落ち着いたら母は自分が片づけたことを思い出したという。しかもその道具を出してきた。父にもそれは自分が片づけた。「自分で片づけた事を忘れていたのだ」と説明したというのだが、今度はその流れが父には理解できていないのだった。その時の母の責めは忘れずに、事の顛末を理解できないままそれが私への「もう片付けるなよ」だった訳だ。

老親とのこのようなやり取りは頻繁にある。他人のせいにしてしまうのが一番簡単だからそれでひと段落させる。そうするとその間に生じた誤解を訂正するのがまた大変で。これが親子ならただの喧嘩に終わるのだが、他人とも同様の誤解は生じているだろう。今回のような交差する誤解が出てきたら、次は絵でもかいてみようか。耳が遠いことが原因でもあるのだが、どの話も自分の理解できるところだけ聞いていて勝手に判断してくるから小さな話が大きくなる。

母の整理は、思いっきりのいい母らしく菜箸も一組しかなかった。「さすがにこれは少なすぎるだろう」と言ってしまった。そうしたら「都度洗えばいいでしょ」と言う。確かに料理するのは母一人だから自分が使う菜箸だけあれば事足りる。

整理整頓、廃棄でリフレッシュ

整理して古い物を捨てたので新しい物を買いに行ったらしい。「しばらく前から立つしゃもじが欲しかった」「しゃもじはたくさんあるのでもったいなくて買えなかった」「いいでしょ」と自慢してくる。今欲しい物を買うために出かける。そんな買い物は楽しそうだ。

朝からお金を使わない。と言われて育った事は倹約を考えるきっかけになっているのだが。
家の前が雑貨屋だったから「朝からお金を使わない」と言われて午前中に店に行くことをけんせいされていた。
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老親に伝わる言葉を探している

老親にこちらの意見を伝える時に、言葉の使い方に工夫が必要だと感じている。例えば「使いにくいものとおさらばして、自分の使い勝手のいいものだけで暮らせばいいのよ」と言う表現ならば納得するかと思ったが、「使いにくいものを工夫して使うことで頭が鍛えられる」と言い返してくる。そんな中で「いくつもあるものの中から自分が使う物だけを選んで身近に置いておけば?」これは有効だった。

廃棄を始めた頃の老親を見ていて、物が増えて多すぎる事だけではなく、整理しきれなくなったのではないかと感じたことがあった。老後という時間経過と共になえていく気力と筋力そして判断力のバランスの問題もあるように感じたのだ。しかもそこは老親としては触れられたくない個所でもあったらしい。できなくなったことを認めるということは自分の自尊心が許さない。そんな個所に手を付ける時は自分達もそれを引きうける覚悟が必要だろう。

親の家を片付けて感じたことは、彼らは廃棄に関していろいろ文句は言うが、目の前から物がなくなると、解放されるのか物に囚われているような発言はなくなり家の中でも老人の日常生活に合う工夫が生まれてくるのだと気が付いた。澱んでいた場所を流れるように支援してみることが大事になるのだと思った。

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身体の不自由を言葉で補い、満足しようとしても思いがつのる

それでも思い出したように「捨てられた。あれがあったのにあなたが捨てたでしょう」唐突にと言い出すこともある。それはだだ何か別の文句を言いたいときの代わりの表現だったり、言いがかりだったりするので厄介だ。このような状態になった時に落ち着いてくれる呪文のような言葉を探しているのだが見つからない。

そうそう母が捨てた他の物で、母らしいと思ったのは、母屋の掃除。窓ガラス磨き。ガラスの入った障子の張り替え。等がある。母屋は私の掃除の範疇ではない。宣言した時の母のすっきりした顔は忘れないだろう。

おかげで帰省するとまずは母屋の掃除が待っている。畳が広がるだけの母屋で掃除機をかけるだけで終わるのだが、母はそれすら放棄したのだった。