スペインで始まった尊厳を取り戻せる、救いの手の差し伸べ方。ロビンフッド・レストラン

先達ブログ
Whoop005 / Pixabay
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 定年後の暮らしへ
にほんブログ村 ライフスタイルブログへ
にほんブログ村 シニア日記ブログ 60歳代へ
にほんブログ村 シニア日記ブログへ


ももじろうです。

いつも妻がお世話になっております。世帯主で主夫のパートナーです。

先日、少し時間があったので英語の勉強にと電子版ニュヨークタイムズを読み始めました。その日は、トルコで起きたロシア大使暗殺のニュースがトップでしたが、そこは軽くパスして興味が持続し、長文英語を読み続けられる記事はと見回した所、“スペインに出来た、貧困に栄養と生きる気概を与える新しいレストラン”(原文:In Spain, New Restaurants Nourish the Needy, and the Soul、訳文:byパートナー)その名もロビンフッド・レストラン、が有りました。

別のネットにも、アンへル・ガルシア神父が創設したNPO平和の使者(メンサへロス・デ・ラ・パス MENSAJEROS DE LA PAZ ホームページ有り。活動資金を募るページでは、VISAやMASTER カードを使用してPayPal にて寄付金集めもしています。最終行にMUCHAS GRACIAS! )が11月29日からホームレスに無料ディナーを提供すると出ておりました。

 

タイムズの記事には、聖職者らしくない、スーツにゆるめたネクタイが普通のアンへル神父の生い立ち、炭鉱労働者の息子として生まれ、聖職者の修行が終わるとスペイン北部のオヴィエドの孤児院で働き始めた。此度開かれたロビンフッド・レストランの壁には50年前に彼を助けた孤児たちの写真が掲げてあると出ています。

他には、レストランに来る幾人かのそれぞれにわけ有りの人々と彼らに対するアンへル神父の単に愛を説くだけでなく、制限なく行動する彼への人々の限りない信頼が報告され時にカソリック教会が同性愛者に対して現在持つ基準を外れる?ことに躊躇しない神父が紹介されます。彼の全てのプロジェクトの共通目標は失業と経済危機による公共福祉切り捨てから弱いスペイン人を守ることで他の50ヵ国でも同様の運用をしている。来年マイアミでもロビンフッド・レストランを開くが、そこにはぜひ、(料理の腕が良い)セレブのシェフをぜひ呼んできたい。(原文では、ルアーで釣り上げたい。)

 

幾つかあるロビンフッド・レストランは(他情報から、朝と昼は普通のレストランとして営業し、夜)外食のディナーを楽しめない人々の為に無料で、プラスチックの安物ナイフ、フォーク、皿、コップではなく、布のテーブルクロスが掛けられたテーブルで、きっちりと制服をきたウエイターが陶器の皿、ガラスのコップで水を給仕してくれる。今日ロビンフッド・レストランが其の目標を示すのだが、貧困者に尊厳を取り戻すためには、その物自体の体裁が貧しい、(貧困者用の)スープ配給所では難しいとアンへル神父は言う。きっちりとした制服のウエイターから給仕され、プラスチックでない、ナイフとフォークを使うことで彼らに尊厳が戻るとも。

 

彼のレストランのアイデアは、何も彼が初めてではない。アンへル神父は、昨年放棄されていた教会を再生し、コミュニティー・センターの様にした。今そこには1日約1千名が訪れる。多くが極貧で彼らの内のある数は、そこで寝泊りもしている。神父が言うには西洋社会で一か所24時間開いている教会だとのこと。

ある夜教会で、通常はミサに使うテレビモニターでサッカーの試合を流していました。食事は後方の信者席で提供されて、ボランティアの医療も受けられるし、無料Wi-Hiもトイレで使える。もちろん、ミサはアンへル神父だけでなく他の神父が行い、神父のささやく声が聞きにくい場合、告白はiPadでも行える。

 

紹介された幾人かのなかで、私が印象に残った2人、アルフォンソ43歳とカスティーロの話をしましょう。1年以上失業していて20年以上教会に足を踏み入れたことが無かったアルフォンソは、今教会でアンへル神父の祭壇を手伝う男子の一人として一日の大半を教会で過ごす、ただ、夜には(教会でも寝泊まり出来るのに)マドリッド空港のある一つのターミナルへ旅に出る。

夜寝るために、マドリッド地下鉄8号線?で空港までわざわざ出かける彼の心のひだが本当に癒える日があまり遠くないことを望みます。地下鉄代はどう工面するのか不思議。

もう一人アンへル神父と同じ名前を持つアンへル・カスティーロはコックだったが、職を失った後はアルコール依存症に苦しみ、過去16年を道路で寝る生活を送った。(ロビンフッド・)レストランで働くようになってからは、一人前に食べられるようになった。

 

マドリッドの最初のロビンフッド・レストランは50席で夕食は2回行われ、多くの受給者が言うにはアンへル神父からの何か他の援助を受けて後、このレストランへ来るようになったとのこと。前職がレストランでのコックだったカスティーロは、他の多くの夕食受給者が、同じ席に成る様に予約したり、仲間どうして食べているのに彼は一人で座っていました。

先の、アルフォンソが夜空港ターミナルへ帰るのと同様に、カスティーロが“一人で座っていました”と言う部分を訳した時に、あァまだ彼は完全に一般の人の(肩に力の入っていない自然体の尊厳を持てる)世界に帰って来ていないなと感じたわけです。

 

原文は“sat alone”で、馴染みが無い表現だったので、(長い記事を読み進む為、適宜グーグルで単語、節を調べていた)グーグルに聞いたところの答えが、「一人で座っていました。」SatはSitの過去形だと後で気が付くのですが、Was Sitting aloneとSat alone の違いを知りたくてもう一度グーグルに“sit sat 違い”と聞きました。

答えが“サッと”出ました。

SAT(特殊急襲部隊)SIT(特殊捜査班)

グーグルさんに大変有意義な答えを頂いたので本日はこれまで。