今もある禁酒郡と禁酒法100年

先達ブログ

ももじろうです。

いつもジルがお世話になっております。世帯主で主夫のパートナーです。

 

「老後を豊かにシリーズ」今もあるドライ・カウンティと禁酒法100年

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2020年でも禁酒法が生きている

 

昔良くアメリカ出張していました。車の部品を売っていたのでデトロイトと南部各州へ行きました。

ミシガン州デトロイト市内を通るインターステイト(一級州間高速道路)I-75(1の桁が5は南北線、0が東西線)は、カナダオンタリオ州との国境のミシガン州スーセントマリーのスーセントマリー国際橋南詰からマイアミ近くのフロリダ州ハイアリアのフロリダ州高速道826号線 (パルメット・エキスプレスウェイ Palmetto Expressway) まで6州を跨ぐ州間(インターステイト)高速道路で移動です。

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I-75 は南国フロリダへ行く夢の道

 

ミシガン州、オハイオ州、ケンタッキー州、テネシー州、ジョージア州、フロリダ州の6州です。

【当初最高時速75マイル(約121キロメートル)から80マイル(約129キロメートル)の速度制限で始まったが、1973年オイルショックの翌1974年ガソリン保護対策の時速55マイル(約89キロメートル)に連邦政府が引き下げた。1987年に速度規制を緩和し、州の選択により最高速度を時速65マイル(約105キロメートル)まで引き上げられる決定を行い1995年にはアメリカ合衆国の州間高速道路網全体の速度制限は撤廃された。】

テネシー州で夕ご飯の時、一緒に行動しているデトロイトのレップ・カルメン氏が『ここはドライカウンティだから今夜は酒無し』と一方的に宣言し、つつましいアメリカの夕食を食べました。

何と20世紀末に酒の飲めない町がありました。ドライカウンティ=禁酒郡

 

カンザス州、ケンタッキー州、アーカンソー州、テネシー州、ミシシッピー州、テキサス州に多くあります。

 

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正論の裏で、抜け道が発生するのがこの世の中

 

犯罪組織が直ちにヤミ酒業界を支配しました。 Speakeasie(スピーク・イージー=潜り酒場)は違法な酒類を販売するために全国的に勢いを増し、数千万人が法に違反しました。1933年に禁酒法は廃止。

キャプション:アルコールは禁酒キャンペーンよりも人気があることが判明“ビールよこせデモ“

 

禁酒法は現在、大いなる失敗と見なされています。主要な政党または組織はその復帰を支持しておらず、将来のそのような極端な対応に対する公的な支持はほとんどありません。

しかし、米国ではアルコールについては議論の余地があります。 21歳の飲酒年齢は、飲酒が合法である他の国よりも高くなっています。アルコールの販売が制限または禁止されている禁酒郡と禁酒町は、全国に点在しています。昨年のギャラップの調査では、回答者の5分の1近くが、飲酒は「道徳的に間違っている」と答えています。1世紀過ぎた今も、アメリカ人の小さなグループが、いわゆる「高貴な実験」の夢を生き続けるために戦っています。

 

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禁酒法成立には、それなりの理由もあった

 

ケンブリッジ大学米国史上級講師であるジュリア・グァルネリ博士は、女性グループ、特に女性キリスト教禁酒組合(WCTU)が禁止をもたらすために不可欠であったことを伝えています。

「彼女らは、お金と言うものは雇用主から(アルコール依存症)従業員へ支払われた後、酒場へ行くものであり、家族には決して届かないと考えていました」とグァルネリ博士は言います。

女性と子供もアルコール依存症の夫と父親からの虐待の被害者でした。

 

19世紀末から20世紀初頭に米国の海岸にやってくる多数の移民、特に南および東ヨーロッパから移動するカトリック教徒とユダヤ人に関する心配も別の要因でした。

特にヨーロッパのカトリック教徒の一部は、プロテスタントの人々にとっては異質な、ビールを飲む文化を米国にもたらしました。しかし、これに加えて、カトリックとユダヤ人の両方が彼らの宗教的な儀式にアルコールを取り入れています。これらの儀式は禁酒法の施行期間中も依然として許可されていましたが、グァルネリ博士は、アルコールは「これらの移民集団を監視し抑圧する方法になった」と言います。

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アメリカの金持ちはやりたい放題

 

しかし、禁酒法は多くのアメリカ人に無視されました。特に裕福で特権的な人たちは、法律を簡単にかわしました。ウォーレン・ハーディング大統領は、ホワイトハウスで政府によって没収されたアルコールを公然と飲んだと言われています。

法律はますます不人気になりました。フランクリンルーズベルトは、1932年大統領選挙戦でこの措置を廃止すると約束しました。

 

禁酒郡や禁酒町、いわゆる「ブルー法」-日曜日や夜の特定の時間など、いつどこでアルコールを購入できるかという制限が現在も米国中に存在します。

しかし、一般的傾向は自由化です。マサチューセッツ州には2000年に約20の完全な禁酒町がありましたが、いくつか制限された方法ではありますが、アルコールの販売を許可し始めました。

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たまには買って飲むのもよし

 

私は飲むか飲まないかは“だれが払うかによる”派ですが、日本人40%の分解酵素を持つ飲める派です。アメリカ人の5分の1に「道徳的に間違っている」と言われる人です。

1週間、1か月間お酒が全く無くてもよいですが、旨い肴があると『お酒があればさらに美味しいだろうと思います』 最近買った愛知県津島市の長珍です。

50と言う品番ですが次回は40を試そうかと・・。