アフガニスタン ナンガラハラ州シェイワ群クナール河地方で2003年3月着工の水道工事として会員報に掲載されている。
「マグワリード用水路」についての報告書は、水路を作る過程であったり、川の流れを変える話であったり、素人が読むには専門的過ぎて難しい。そんな中で暮らしの話がある。人々の喜びに国の違いはないように思う。
ペシャワール会
「マグワリード用水路」についての報告書は、水路を作る過程であったり、川の流れを変える話であったり、素人が読むには専門的過ぎて難しい。そんな中で暮らしの話がある。人々の喜びに国の違いはないように思う。
暮らしの喜び
砂糖菓子:サトウキビから砂糖を精製し、伝統的なお菓子を作る。
戦争中のおはぎの話を思い出した。(ただいまおしんの再放送を観ている)懐かしの味。大人がとろけている笑顔の写真が良い。
フルーツ泥棒:新芽を食べる子ヤギを捕まえ繋いだり、2008年の記事には、ようやく熟したブドウを子供に盗み食いされたり。これまでいつもお腹を空かせていたのだ。甘い物は贅沢品。それは食べたいだろう。
太る家畜:人間が食べられるようになると、その後に家畜が太る。そして子が増える。人も動物も変わらない。遊牧民の家畜にも水や砂漠に植えたアルファルファがあり、おこぼれの食料が増えた。しかしそこで落とされる家畜の糞も農場で肥料として再利用されている。これは、今時流行りのハラール農家なのでは?
人々の変化
村八分:水路ができて、畑ができて、食物が育ち、食べられるようになると理性が戻る。後ろ盾を理由に、工事を反対していた人が村八分になる。何時の時代でも、どこの国でも水戦争はある。水が豊かといわれる日本ですらそんな小競り合いは聞く話。
就労:水路つくりは、難民救済、帰国直後の後の労働により収入を得る。一日の労働代金が100アフガニー(現価格だと138円2003年当時はもう少し高く240円位)。事業が継続されるにつれ、水路や灌漑設備が自分たちの地域で始まると、無償でも働く人が出てくる。
菓子の振る舞い:いざこざして、順番待ちの経過があり、その水路の完成に当たり副村長喜んでそこで働いている人たちに菓子を振舞う。日本でもこんな話はある。心温まる。
収穫の喜び
毎食スイカ:大豊作のスイカ
小麦:豊作で小麦の価格を下げてしまう
労働者に条件なし
技師といわれる人はより多くの給料を求めて転職していき、残ったのは作業員として労働したことがある現地農民たち。
聾唖者、障害者、文盲など働けて能力があるならそれを生かして労働の場を作っている。チャンスは平等。どんな障害があろうと食べるためには働く必要性がある。
福祉とは何だろうと考えてしまった。働かなくてもよい環境を作ることが福祉ではないはず。
水が来て一番楽ができるようになったのは、女性と子供達だろう。最貧国では食べるための仕事が優先される。水運びはどこまでも重労働。
病気対策としての灌漑事業
水路ができて、清潔が保てるようになり感染発生もなくなったのだろう。(湿地でマラリアコレラが発生していた過去がある)中村先生の後半の記事には医療の話は出てこない。医療施設での診療者数は増加している。
先生の思った通り、自給自足が成り立ち、栄養状態が改善された事。病気への自助対応力が戻った。という事になるのではないだろうか。
緑になった大地を眺めながらうれしそうな顔の姿の先生の写真を見て、このシーンはどこかで覚えがある。と思いました。どこで?
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