ももじろうです。
いつも妻がお世話になっております。世帯主で主夫のパートナーです。
「受賞作以外は皆忘れ去られる」
昔見たアカデミー授賞式のTV放送の中で、ノミネートはされたが受賞には至らなかったある俳優が言った「受賞には意味が有り、後々も人々の記憶に残るが以外(の候補者)はすぐに忘れ去られる。後年覚えているのは本人と一部の熱狂的ファンと、業界の人だけで一般には何も残らない。」と言う言葉が忘れられません。同じ話がオリンピックの金メダルにも言えます。もちろん銀も銅も立派ですが、やはり重みが違いスポーツ音痴の私でもそれは感じます。昔、プロ野球の2軍在籍の人が家の近くの安アパート(4畳半一間、共同便所)に居て、たまに近所のガキ達(我々)相手にキャッチボールをしてくれました。2軍でついに一度も1軍には上がれずいつの間にかアパートからも姿を消した人ですが、彼が子供相手に加減して投げる球でも、そのスピードとグラブで受けた時のバシッと牛革の厚みが無いように骨身にしみる威力は、並の大人のそれと違うことを子供ながら明確に自覚できました。スポーツの世界で上位に属する人たちのすごさは、大人のソフトボール大会や軟式試合のメンバーに一人でも甲子園に行った人が混ざると素人達との違いがまざまざと見せつけられてレベルの違いと言うか、ラベルが違うと言うか、比較になりません。それでも一番になれるか、なれないかは、後々の人生を決定します。つまり栄光を掴めたか、否かの果てに・・。
「遠藤周作氏はなぜノーベル賞を取れなかったか」
小説の世界でも話は同じようなものでしょうが、結果の出方に一人一人の感覚の差が大きく作用する点で1番2番が明確に出るスポーツとの違いがありますので、映画同様に賞は取れなかったが素晴らしい作品は一杯あると思います。毎年年末になると、今年こそ村上氏が・・。と期待が持ち出されますが、遠藤さんが生きていた80年代には、当時のノーベル文学賞選考委員の一部に「沈黙」のテーマ・結論が評価されていないと言うことも知らずに、毎年受賞を期待していました。
今日、マーティン・スコセッシ監督の映画「沈黙」を見て来て主の「踏みなさい」の言葉を久しぶりに思い出したのと後で書く歌の件で今日の話を書く気になりました。この「踏みなさい」で表される、弱い人間に寄り添う遠藤さんの世界が私は好きです。一応禅宗・曹洞宗の旦那寺をもつ仏教徒でお葬式は仏式で行い、クリスマスイブはケーキを食べて、普段は完全にマネー教信者ですが。遠藤さんが亡くなられた1996年当時よく訪れれていたスペインのケレタローと言うメキシコシティーからバスで2時間北に行った町のホリディインにクリスマスの季節になると飾られる素焼きの馬小屋と人々の人形をロウソクの明かりが照らしていたのが忘れられません。弱いキチジローが何度も踏み絵をしながら最後まで棄教せず“ころんだ元神父”に懺悔を頼むことが逆にキチジローが「あの方」の代わりに寄り添っていると言う所がこの小説の言わんとしている点と考える私としては映画でのキチジローが急に消えてしまい後どうなったかわからないのは少し不満です。
先日のポルトガル旅行でジェロニモ修道院跡を案内してくれたガイド氏によると、懺悔の告白を聞いた偉いお坊さん曰く「祈りなさい!」。それで終わりでは、救われない人が多すぎます。友人のフランス人マチス氏によると彼の村でも「今はもう私の村でも教会へ行く人はいないが、個人個人の心のなかの神を捨てたわけではない。」と言うことでレイ・ブラッドベリ作の「華氏451度」に描かれたブック・ピープルの様に遠藤周作の「沈黙」を記憶できたらなぁと思います。私の神様は八百万の神である点が神は一人だけの人とは違いますが遠藤氏を忘れないことで寄り添うことですこしは成し遂げられるのではないかと思います。
ティーナが歌う
「あかん」の『あんたが求めること全部、嫌と言えへんこと知っているやろ!』と
「あんた」の『あんたがおらへんから何食べても味ないし』に痺れました。
先日、私のメールアドレスに一杯送信されてくる宣伝メールの中の一つでティーナ・カリーナ(本名:田中里奈)が歌う『あかん』が泣ける唄1番と出ていました。
恥ずかしながら、本日までこの素晴らしい曲を知りませんでして誠に申し訳ありません。
『あんた』で2012年日本レコード大賞新人賞ノミネート。受賞は出来なかったそうで、と言うことで2012年における私の新譜CD探究網に引っ掛かりませんでした。今回ネットで探して「あんたとあかん~詰め合わせ~」と言う4曲入りをダウンロード。4曲といっても①あんた ②(あんたの英語版)Counting all the day ③あかん ④(あかんの英語版)How long で実質2曲です。
英語の曲については、私がそこまでの英訳技術が無いので歌詞の良しあしは言えませんが、How long の方がアクセントがきっちりと発音出来ている点で英語の歌として上手いです。心底惚れた女の弱さを一言で言い表した『あんたが求めること全部、嫌と言えへんこと知っているやろ!』には、正直参りました。『何食べても味ないし』も遠くに居る思い人に恋こがれるオンナの素直な感覚(味覚落ち)で実体験無しにこのセリフを書いたのならなんと才能に溢れた人かと感心します。普通はなかなかこの言葉は書けないはず。作詞作曲も本人と言うことで元デパ地下の優秀販売員は多彩な才能を開花させているなと感じたわけです。
京言葉を使う女性をお嫁さんにもらって東京暮らしを始めたら3年たたないうちに達者な東京弁使いになりすっかり興(京)が覚めたと言う話を聞いたことが有りますが、大阪弁で語られる素直な思いは例えよそ者でも、そのままストレートに心に響きます。歌詞の英語はLyric で本来自分の思いを表す「叙情(じょじょう)」と言うのが1番の意味で、歌の歌詞と言うのは2番目に来ます。その点でも「叙情的」で良いわけです。
今日は、賞を取らないと世間が気が付くのが/忘れるのが早いと言う一席でした。
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