子どもも高齢者、老親宅の不用品始末は計画的に

介護
Unsplash / Pixabay

実家を片づけた経験がある。

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捨てる本人が、他人以上に他人の目を気にしている

片付けが終わった後、物に対してのあきらめそしてさっぱりした家に慣れた頃、「老親の家の片づけがご近所での流行になった」と母が話しかけてきた。

我が家は病気がきっかけだったこともあり、なおさら近所の注目度は高かったのだと思う。落ち着いてからも、子供たちが順にあらわれて軽トラックに大量の荷物を載せ往復している。そんな光景をうらやましく思ってくれた家庭もあったわけだ。

田舎では物を捨てるということに対して、捨てる本人が、他人以上に他人の目を気にしている。これは都会に住む人たちも同じように感じることかもしれない田舎は日本社会の縮図であった。

それでも他人の視線のありようは、田舎の人の方が素直かも知れない。我が家のような廃棄の前例が出来ればどこそこの家は物を処分していた。そんなことが一気に広がり皆が安心して物を捨てるようになる。

しかも自分たちで何とかしたわけではなく子供にお願いしてゴミを持ち込むことで、運ぶという自分の体力を考えなくてもいいことに気が付いたのかもしれない。

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廃棄を子供に頼んだら

それぞれの家庭で帰省する子供たちに廃棄を頼み、週末に不用品となった物をゴミセンターに持ち込んだり、ゴミの日に大量の衣類が出ていたりしているらしい。

どこの家の状況も物にあふれ使わない物で家が狭くなっていることが分かったし、物があふれすぎて捨てるという判断がつけられないという老人居宅の状況は我が家だけでなく、どこもさほど変わりがないことが分かった。

廃棄を子供に頼むと掃除人は子供になり、親子に遠慮はないから廃棄の判断も子供たちが主体となっていく。老親達の残す残さないの判断を仰いでいる時間はないし、老親もこれだけ捨ててというような初期段階の選択もしていない。

子供は帰省の帰宅で一度ですませたいから本人の意思に関係なく、大量の使っていない物も廃棄物として庭に出す。それを眺めている老親はお願いしたものの、使っていない物も廃棄物として出されてしまう事におののくことになる。

こうして、使っていないなら捨ててしまえと言って放り出し、その家の前はバザー状態となり、うろうろするしかない老親、よく見ると新品でまだ使えそうだ。そんなな物を見つけて、「近所の人に要らないか?」と聞いて歩く人が出てきた。

しかし引き取り手は現れない。「今度は誰ももらってくれない」と愚痴になる。他人の家の軒下で引き取り手がないという愚痴を言っている間に片づけている子供を手伝うほうがいいのではないだろうか?とも思ったのだが、知らないうちに捨てられる方があきらめもつくのかも知れない。

こんなことが近所であり、もらってくれないという愚痴を聞かされたあとは、母たちも成長したのか?どこの家も同じと安心したのか?それまで、家族の前でしつこく言っていた「捨てられた」という言葉は少なくなった。それは物がなくてもそれまでよりも快適に暮らせている実体験があるからだと思う。

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断舎利を身につけよう

こんな状況を見聞きしていると断舎利は必要な事だと実感してしまう。

もったいないを考える前に不要な物に対しての自分の判断が必要だろう。母はディケアで作る小物すら持ち帰らなくなっている。デイケアで遊んで楽しかったからそれはもういらない。

遺品整理の声が掛ってもサイズが合わないと断るし、お付き合いさえも最低でいいと言い出している。持って帰れば、ゴミが増える。付き合えばお返しが来る。それが楽しい時もあるのだが処分は困る。しかし、そう考えられる老人は少ない。

母は色々と押し付けられることが嫌だからかかわらないようにしていると言うのだが、そんな風に自分の人生を狭めることになりそうな方向性に結論を持っていかなくてもいいようなものなのに、上手の言えない母としてはこれが一番楽なのだろう。

これまでの人生で、物を頂いてありがとうと言う気持ちだけを受け取り、物は自分の趣味に合わないからとその物の処分を始末した経験がないのだ。人生はあるものでしのぎ、無い物を有るものでこなしてきた世代でもある。

自分達は物に対して考える世代となるだろう。自分が持つ物、もしくは持たないことにも自分の意志が生かせる。

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廃棄物処理を実行すると自分自身も整理できる

田舎で流行した廃棄物処理、これは一時期の流行だと思っていたのだが、母曰くまだ続いているらしい。集落の世帯数は多くないはずなのだが田舎の家は大きいからどこの家も段階を追って出しているのだろう。

家の近くにゴミ捨て場があると言うなら、毎週のごみの日に少しずつでも廃棄していけば時間はかかるが捨てることも可能だと思う。

実際のところ長期にわたり廃棄の計画を立てられる方であるならば、家の中はすでに必要な物しかないだろう。それが出来ないから物が留まっている、のだという判断が必要だと思う。

こんな場合は短期間で処分する方法を考え、まず自分の生活に必要な量を計算して、それを管理していく方法を検討して、それを管理する。という老後生活に対しての新たな役割を与えてみてはいかがだろう。

検討の方法としては、今よりも狭い部屋に引っ越すとして一番安い引っ越し代金ですませるために必要な物は何か。

一週間旅行に出るとしてトランクに詰める服はどれか。友人は離婚を考え引っ越す時の最小限となる荷物を考えたというこんなお遊びは老人には通用しないかも知れないが家族の視点としては老親が溜めたがるものと常に使っている物を区別して観察してみると必要な物は見えてくるのではないだろうか。