80歳の老親、老老介護の危うさを目の当たりにする

介護
Hans / Pixabay

高齢になった、母を見ていると悲しくなる時がある。

父を見ると腹立たしく感じることがある。

老親は昔ながらの夫婦で家事のほとんどを母がこなしている。

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夫婦の言い分の違い

母の言い分

母はすっかり小さくなり筋力も衰えている。家事に対して、自分がやらなければ誰がやるのか!と思っていて、疲れがたまってくると、一人になったらどれだけ楽かとつぶやく。

そんなつぶやきを父は知らない。いや知っていると思う。そこで父は「出来なければやらなくてもいい」と言葉に出して言い放つ。

父の言い分

父は、家事について母のできないことを助けるとか、代わりにやることは何時でもできると思っている。思っているだけで実際はできやしない。

昔の男は不器用だ。

不器用なりに黙って母の望むように手伝えばいいのだが、えらそうに掃除はこうやる、この前は洗濯も干した。と一度か二度やったことを何時もしているように話し出す始末。その余分な一言が母の疲れに火を注ぐ

二人の綱渡りの会話は、聞いてしまったこちらの不安が増す。

老老介護の危うさを感じるではないか。

そんな娘の心配をよそに、こんなやり取りをした後、何事もなかった様に並んでテレビを観て大笑いしているのだった。

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男と女

女は束縛し男は逃げると言うけれど実は逆も多いのだと思う。

特に高齢となり社会性が欠如していくと男は家庭内で社会性を振りかざす。威張るところは家の中でしかない。

父には日常の家事をこなして世話をしてくれていることの感謝がないのだ。母が自分と同じくもしくはもっと体力が落ちていて、家事ができなくなっていることを図ろうともしていない。

何処に出掛けても、自分の居場所に戻る

母も母だ。素直に言葉通りに従ってストライキでも家出でもしてみればいい。家出ではないが、叔母の家に遊びに行き家を空け、帰ってくるとやっぱり私がいないと家が荒れる。と家事に励みだしたことを思い出す。

それは70代後半の話しで、いまは叔母も亡くなり気軽に外泊できる場所もなくなっていることに気が付いた。

夫婦二人だから何とか自立している

息子や娘の所では母になるから姉妹の気楽さが大事だったのかも知れない。今の暮らしはぎりぎりのラインで二人だから自立している。どちらかが寝込んだら介護は難しいと思う。

80歳を超えても自立している二人なので残念ながら今は介護支援は受けていない。

寝たきりになった人への支援のほかに、今をよりよく生きるための支援が欲しいと思うのだがそれは自分達で考えていくしかないのが現状で、さてどんな支援なら使ってみたいだろう。

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支援して欲しいこと

出かける機会がたくさんあること。

信心できるものに助けを求める。

自分の時間を過ごす意識を持つ。

部屋を分ける。

自分だけの趣味をもつ。

個人の生活を充実させる方法

どれも個人の生活を充実させることばかりを思いついた。

どれを薦めてみても、さらにはどの状況でも母の一人に父がちょっかいを出すことが見えてしまった。他人が間に入る設定がないと二人の間に隙間はできない。

そうすると父の束縛から逃げるためのデイケアに行くしかないか。

母は、疲れがたまると蕁麻疹が消えなくなってくるらしい。蕁麻疹の薬を飲むと、とにかく眠くなるから、夕食後にさっさとお風呂に入って薬を飲んだから眠いと宣言して寝てしまいなさい。(父に言い聞かせておかないとテレビで面白い場面があると寝始めている母をわざわざ起こしに行き面白いぞ見てみろと無理やり起こすこまった父)と言ったらその通りにして、翌朝は少し楽になったと起きてきた。

アレルギーの原因は父の束縛にあるかもしれない。