喪服を着る機会が増えるのに50代の悩ましい体型変化 

日々是好日
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年を重ねて、小さくなる人、大きくなる人がいる。元々大きい人だったのだがそれに加えて恰幅までついてきた。久しぶりではなかったと思うのだが、喪服を着て、そのシルエットに自分ながらうんざりした。20代で購入した喪服を今まで着ることができたのが奇跡だったかも知れない。そう言い聞かせてみてもこれではねー。気分は落ち込むばかり。それでも急な事だから、言い訳を考えながら、そのシルエットで式にでた。

20代の喪服

嫁いだ時、母が喪服を買うようにと言い聞かせてきたので(お金も頂いたような気がする)、デパートで購入。長く着られる物をと思い値段もそれなりの物を選んだ。それを着て行った式で同じ形の喪服を着ている人を発見。母より少し若いぐらいの人だったから、自分が選んだ物がその年代で選ぶシックな形のものだったのだと知った。その年まで着ることができるならそれはそれで良しと思っていた。

30代の喪服

祖父母の葬式で、母に和装を勧められる。理由は大往生した祖父母の葬式だからこんな時にこそ着物を卸しなさい。という意見だった。仕付け糸を外した記憶はあるのだが、着た記憶がない。思い出してみると確か祖母の時は着た。祖父の時は洋装で済ませた。

40代の喪服

親族の式がたびたびあり、洋装の喪服が大活躍。とはいえこの頃になると、法事の時には黒い服で出席するようになる。式もカジュアルになり出席する人も着崩れた感じ。

50代の喪服

喪主を務める年代が来た。長年着てきた喪服。それまでゆったりしていたのに、ぴったりしてしまい、ボデイラインがくっきり。さて喪服をどうしようか?新しく揃えておいたほうがいいのはわかるのだが、ますます変化があると思う。最良の方法は昔の体形に戻すことだろうがそれができないから今がある訳で。

両親の時はさすがに喪服が必要だろうが、親族の式も回数は知れてきた。今更新しい喪服を揃えることにも躊躇している。それ以外は黒のスーツで代用してみようか。など考えながら、親族の時は、和装にするか。という事を思いついた。とはいえ一度着物を出してみないといけない。もう何年も開けてもいないからだ。

しっかりした体型になったから昔と違い着物が似合うかも知れない。しかも揃えてくれたのは両親。このまま手を通さないと言うのもこれまた心苦しい。

花嫁道具だった着物を思い出したこの頃

今どきも花嫁道具を両親が揃えるのだろうか。母が揃えたがった道具のほとんどを拒否して嫁いだが、すでに揃えてあった夏冬喪服と数枚の着物は持ってきた。数枚の着物ですら手を通したのは数回。今考えると、こうして着物を持って嫁ぐという最後の世代だったのかも知れない。

嫁ぐ時に、年上の友人に両親が色々揃えたがると愚痴を言ったことがあった。その友人が「ゼロから何もかも揃える暮らしよりも整った状況から始まる暮らしをさせたいのよ」「物がなくてそれを一から揃えることがどれだけ大変かを親だから知っているのよ」諭してくれた。

苦労をさせたくない。という事だろうと、諭されたことは何となくわかったのだが、その当時は若くてなんでもできると考えていたし、苦労がどんなものなのかわかっていなかった。今は少しだけわかるような気がしている。実際はそんな苦労もなくきわめて平穏に暮らしてきた。

若さとは罪深いもので、着物・家具・寝具どれも自分が欲しモノで揃えたかった。いわゆる花嫁道具一式と言う揃え方に「いらない」と繰り返した。友人に諭されたから、母を傷つけないように断るのに必死で。それでも最後に「自分の子供を嫁に出す時は、こうしてあげたいと言う夢があったのにあなたはそれさえかなえさせてくれなかった」とまでいわれたのだった。そこまで言わせてしまう娘であった。そうか母の夢をかなえさせてあげることができなかったのか。と反省もした。だから揃えてあった物はありがたく頂いてきた。それでもどうしても使い道が見つけられなかった座布団などは、実家の整理のどさくさに紛れて、こっそりと実家に持って帰り、古いものと交換したり。

それ以降、社会の変容は激しく嫁入道具についてもしかり、転勤の時に引っ越しが大変だからとか、クローゼットがある部屋だからとか、着物の管理が大変で。という話が平準化され簡素化されたようだ。

それに加えて離婚話がどこの家庭でもある話になり、ますます加速したように思う。自分達より若い人が嫁ぐ頃にはその親に対して母が「娘があれもこれもいらないという物だから自分達も揃えていない。今どきはそれでいいのよ」なんて話すのを聞いて、母もようやくこのご時世に同化できたことを知って安心した。

そんな思いの詰まった喪服。これを活用していけばいいのではないかと思い始めたこの頃。着付けに掛かる費用についても、都度喪服を買い買えることを計算するとそれ程でもない。そんな気になってきた。

 

母は今も父を敬おうとしている気配があるのだが、実際は母が、、。

老老介護の危うさを目の当たりにする

朝からお金を使わない。と言われて育ったことは倹約を考えるきっかけになっているのだが。

もったいない。捨てられない。そんな母の教えはこうでした