ゼロ「0」の発見、インドで華氏120度以上 各新聞6月6日記事からの拾い読み

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ももじろうです。
いつもジルがお世話になっております。世帯主で主夫のパートナーです。

「老後を豊かに過ごすシリーズ」ゼロ「0」の発見、インドで華氏120度以上
各新聞6月6日記事からの拾い読み。

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ワシントンポストの情報から

まず、ワシントンポスト:昔、NHKの番組で鈴木健一アナウンサーがインドでゾウに乗りながら照り付ける日の光の強さをして

『インドでゼロ「0」の概念が発明されたのは、この暑さが無くなれば良いと言う発想からではないのかと思えてくるほど暑い!』と言っていたことを思い出した。

先週6月の初めにインドで華氏120度の日が有ったと言うニュースでした。高校か中学で華氏と摂氏の換算式習いましたね!

お勉強が好きだった皆様は
F = C x (9/5) + 32 を今でも覚えておいでと思いますが、毒のある話は置いておいて、日本で普段使われている摂氏でいうと 48.8℃ でした。
120 = 48.8 x (9/5) + 32

では、日本での最高温度は

日本における最高温度は2018年7月23日埼玉県熊谷市で出た摂氏41.1度が記録です。

華氏120度以上と言うことは、49℃ かも知れず鈴木アナウンサーでなくても太陽なんか無くなればよいと思うかもしれません。インド政府の偉いお役人が「熱波はインドの気温上昇の傾向の一部で記録更新は15年ぶりだが、頻度が増加している」と言ったとか。
13日の後情報では華氏123度、摂氏50℃が出て、36人の死亡が報告されました。

タイでは高い建物は日差しを遮り喜ばれる

タイ駐在員時代によく聞いた話は、日本の日照権と逆で、大きな建物が建ち日差しを遮ってくれると庶民は『ありがたや!これで暑さをしのげる』と喜ぶのでした。日本ならお天道様をさえぎったら裁判沙汰になると言ったら、『そんなバカなこと』と言われて理解してはもらえないでしょう。

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ロンドン・タイムスでは

以下、ロンドン・タイムスの6月6日はあの歴史的Dデイが一面記事でした。

一番私の興味を引いたのが天気予報の記事

文面「歴史を変えた天気予報史上最高の天気予報でした。 75年前のDデイは、海峡の天気条件に頼っていましたが、それは厳しい決断でした。 Dデイのライバルチーム間でどれほどの意見の相違があったかは広く認められていません…」記事ヘッドライン終わり。

1944年6月1日、BBC放送『秋の日の ヴィオロンの ためいきの』ヴェルレーヌ「秋の歌」

6月5日、BBCは「秋の歌」第一節の後半「身にしみて ひたぶるに うら悲し」を読上げた。
映画“史上最大の作戦” 原題「The Longest Day」(日本の一番長い日と似ている)では、当初「ノルマンディー上陸作戦」は6月始めに予定されていたが、現地は悪天候が続いており、制空権を手に入れた連合軍のメリットが生かせないということで伸び伸びになっていた。

ドイツの将軍たちもこの天候なら連合軍の反撃は無いだろうとドイツに帰国していた。

このような状況の中、イギリス空軍気象部は各気象情報の分析から、天候が回復する可能性が高いという情報を連合国遠征軍最高司令官のドワイト・アイゼンハワー陸軍大将に上奏した。

彼を除く会議の出席者が全員反対する中、窓を叩きつけるように降る雨を見上げながらアイゼンハワー最高司令官は、「明日6月6日未明をもって、ノルマンディー上陸作戦(正式名称オーバーロード作戦)を開始せよ!」と命令した。

「天気」は劇的に回復し、この“作戦”の成功は今毎年歴史を変えた日としてその戦没者を悼みながら戦勝記念の1つとして今日に続いている。ベルリン解放がソ連軍によって行われたため、Dデイとパリ解放が西側の定番イベントになっています。

トランプ大統領がフランス・マクロン大統領とDデイ祝賀式で行ったスピーチが以外に良く

訪英中に現ロンドン市長をこき下ろした、お騒がせのトランプ大統領がフランス・マクロン大統領とDデイ祝賀式で行ったスピーチが以外に良くて感動したと言うのが一部報道がされました

【あり得ないことが6日に起きた。ドナルド・トランプ米大統領が欧州で演説し、拍手喝采を浴びたのだ。トランプ氏を批判してきた人々からさえもだ。Dデー(連合軍のノルマンディー上陸作戦開始日)の75周年記念日に同氏が行った演説は感動的なものであり、個人的かつ政治的な不和を抱えているなかでも、欧米諸国の同盟の価値について教訓をもたらすものとなった。

海岸線に押し寄せ、ナチス・ドイツの前線の背後にパラシュートで降下した兵士らを称える演説の中で、トランプ氏は、兵士らが抱いていたより大きな動機について語った。

米軍の上陸地点のひとつとなったオマハ・ビーチを見下ろすコルビルシュルメールでの式典で、トランプ氏は「われわれの友人とパートナーの皆との大切な同盟は、戦いの最中に築かれ、戦争の試練により試され、平和の恵みの中で証明された。われわれの絆は壊せない」と述べた。】が、事前には下記の様なアメリカンが大事(以外はどうでもいい)と昔は、共通の価値観を持っていたのにと言う内容で揶揄(やゆ)されておりました。

ほかフランスのルモンド紙でももちろんDデイの記事が一面。ドイツのフランクフルト・アルゲマイネにはDデイの記事は有りませんでした。そりゃ気分よくないもの・・。