グレングールドのバッハ、ゴールドベルグ変奏曲

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ももじろうです。
いつもジルがお世話になっております。世帯主で主夫のパートナーです。

「老後を豊かに過ごすシリーズ」グレングールドのバッハ、ゴールドベルグ変奏曲

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最も好きなCDの一つ

ある時、私が最も好きなCDの1つグレングールドのバッハ、ゴールドベルグ変奏曲1981年録音は当時開発が進んでいたデジタル録音機で録音されたこと、それも日本の三菱電機が製作した物であると書かれておりました。

よく聞いておりましたが、ある時ジルが私の様にきちっとスピーカに対峙して聞いていたわけではありませんが、『この人、唸ってる!』と言いました。

有名な出だしのアリアでのハミングをジルが言うと『唸っている!』になるわけです。

山門の小僧

同様に、ジャズ・ピアニストのジョンルイスのバッハ/平均律クラビーア曲集プレリュードとフーガでも同じように『この人、唸ってる!』と言っておりましたので山門の小僧の世界です。

 

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録音機の始まりは

録音は、エジソンが円筒レコードを発明した物理的彫刻の時代からヒットラーのナチスドイツでワイヤー式録音機と言う、磁気録音まで発達してきました。戦後(地元ドイツの電界会社)AEG社が引きついて作っていた録音機をアメリカに持ち帰った人が居て歌手のビング・クロスビーがその技術的完成度にほれ込み、当時録音機を開発中であったAMPEX社に5万ドルを出資して開発させ自身のショーに使ったのがアメリカの録音機の始まり。

80年代の録音

80年代なら、日本のオーディオマニアなら、ヨーロッパでの録音はスチューダーC-37
アメリカならAMPEXの440Bと言うのが使われるのが普通と考えていました。日本はレコード会社によりC-37か440B に別れておりました。ソニーやデンオン、TEAC等日本製も既に使われておりましたがメインではありませんでした。

カナダ人ピアニストGlenn Gould

そんな中1982年に50歳で亡くなったカナダ人ピアニスト、Glenn Gould。
公演を放棄し、録音や放送を通じてのみ自分自身を表現するという手段を取ったグールドは最初の内1955年6月ニューヨークで、バッハのゴールドバーグ変奏曲、BWV 988を録音しました。

 

会場は、コロンビアの30番街スタジオ。其の後、突然のキャンセル等ミケランジェロリと同じ様な行動をとったりして最後には公演を一切やめています。

1981年までに、グールドは使用するピアノをスタンウエインからはヤマハに変更し、ヤマハのピアノを2つ購入しました。この頃のもう一つの変化として、Gouldの最後の5つのニューヨークプロジェクトはデジタルで記録されました – 彼はデジタル方法論の「明快さと即時性」が好きでした。ピアニストの側では、これは偶然にも誰もが新しい技術を受け入れたわけではありませんでした。グールドは、CBSのエンジニアが、ソニーと三菱が製造したデジタルレコーダーを耳で一貫して見分ける能力に驚きました。

1981年の4月と5月に30丁目のスタジオに戻った彼の経歴上最も有名なゴールドベルグ変奏曲の二度目の録音をした。グールドはヤマハCTコンサートグランドを演奏していた。もちろん、これはステレオ・デジタル・レコーディングでした。
(アナログレコーダーも同時に走り、そのテープはDSDに変換された。)。

こちらは、87年発売ですが、最初のゴールドベルグ同様に、アメリカ購入したCDです。


これはこれで充分良いのですが、コールドベルグには勝てません。